君の見えないファボを探して

最近生きるのが随分楽になったと思う、何をするにも面白なくていいことに気づいたから。楽しくなきゃいけない意味のあることを言わなきゃいけないと思っていた。つまらなくてしょうもなくて何の意味もないやりとりを愛していてもいいことに気づいた。ツイッターで他人のお気に入りの欄を眺めるのが好きだ。注視しているものが文字になって現れる、わかりやすくて好き。だって現実の世界じゃ他人が何に注意を向けているのかわからないから。でも鍵垢へのファボは見えない。ツイッターでも現実でも君の見えないファボを探している。いつだってわたしはそうだったのだけれど、馬鹿みたいな薄っぺらいやりとりをひたすら積み重ねて相手の何かを分かったような気になって、そうしてずっとふざけ合っていたい。君の見えないファボを探して、君のお気に入り欄のわたしのツイートを見つめながら。